がんの宣告を受けた時、最初は何かの間違いでは?と何度も思った。
それほどまでに、『がん』という病気は、僕にとってあまりにもかけ離れたものだったのだ。
「なぜ自分がこんな目に合わないといけないのか」という怒りや孤独感にさいなまれ、不安と悲しみに襲われていた。
周りの応援や家族、彼女の存在が、僕の心の支えになっていたのだろう。
あの日から2日経ち、少しずつではあるが『がん』であることを次第に受け入れられるようになってきた。
僕の入院生活が始まった。
入院生活や明日の手術の説明を看護師や医師から受けることで、いっそう現実味を帯びてきたのを感じた。
手術は全身麻酔のようだ。
家族や彼女との面会時間も終わり、病室に戻ると奈落の底へでも落ちたかのように心細かった。
僕は不安で心細い気持ちを紛らすために、本を読もうとした。
引き出しを開けると、本の上に置いてあった一通の手紙を見つけた。
彼女からの手紙だった。
僕が手術の前夜に不安と緊張で眠れなくなることを予想し、手紙を書いてくれたのだ。
僕は何度も何度も読み返し、病室で声を殺して静かに泣いていた。
こんなこともあって大変だったけど、案外大したことなかったねって、きっと何年後かに一緒に笑い合えるよ
僕は手紙の中のこの言葉を何度も噛み締め、絶対に何とかなるんだと自分自身に言い聞かせた。
いよいよ手術の日がやってきた。
慣れない手術着に着替え、家族との談笑も終えて手術室に向かった。
見送る姿がだんだんと見えなくなり、重たい扉がしまった。
手術室はドラマでよく見る光景だった。
点滴が始まり、酸素マスクをするとだんだんと意識が遠くなっていくのを感じた。
瞼がゆっくりと開き、微かに泣いている彼女の姿が見えた。
まだ意識がはっきりとせず、夢か現実なのかよくわからない。
医師から手術は成功したと伝えられ、手術で摘出した金玉を見せられたような気がしたが、はっきりとは覚えていない。
泣いている彼女が僕の背中をずっとさすってくれていた。
僕は、生きていたんだ。
自然と涙が出ていた。
気が付くと右手には点滴、僕のあそこは管で繋がれていた。
思うように動かない身体。ジンジンと痛む傷。
こんな姿、正直誰にも見せたくはなかった。
手術後は今までの当たり前のことがまったくできなかった。
トイレに行くのも辛く、咳をするだけで激痛が走った。
一度くしゃみをしてしまい、本当に死ぬかと思った。
点滴や尿道カテーテルが外れると徐々に回復していくのを実感した。
組織検査の結果を出て、抗がん剤による治療は行われないことを知り、僕は安堵した。
希望が見えた瞬間だった。
幸いなことにも、ほぼ毎日のように入れ替わりで家族や彼女、会社の上司、同僚、友人が見舞いに来てくれた。
本当に多くの人に支えられているのを感じた。
規則正しい入院生活にも慣れ始めた頃、
同じ病室のある患者さんに毎日何度もケアしにくる女性がいることに気付いた。
おそらく実習中の看護学生か新人看護師だろう。
その熱心な姿は僕の彼女の姿を彷彿させた。
彼女も今頃はあの女性のように一生懸命働いているのだろうか。
日頃、僕は疲れ切って泥のように眠る彼女の姿をよく見ていた。
お互い新社会人としてスタートして約半年。
急すぎる僕の悲報は彼女にとっても辛いものだっただろう。
彼女の職場は僕が入院している病院から電車で1時間半ほどかかる場所にあった。
それにもかかわらず、夜勤前後やお休みの日はできる限り足を運んでくれた。
本当に感謝している。
彼女が辛いとき、僕も支えになろうと決心した。
長いようで短かった10日間。
僕は無事に退院し、その1週間後には職場にも復帰することができた。
あれから約2年が経ったが、幸いなことに再発はない。
これから先も定期的に経過観察をする必要があり、
今後再発する可能性もあるので、正直不安ではある。
一生背負っていかなければならない病気だが、
僕は今という環境に感謝しながら、前向きに強く生きていきたい。
今回書ききれなかった様々な思いは別の記事で書いていこうと思う。
【24歳でがん!?】僕が新卒入社して半年経った頃の話 -完-
Part1、Part2のリンクは下記にあります。
始めから読んで頂けると幸いです。
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